第8章 拡張同期通信機能
マルチタスク処理では,並行に動作するタスクが限られた数の資源(A/Dコンバータ,コプロセッサ,ファイルなど)を同時に使用するといった資源使用の競合を防ぐ機能(排他制御機能)が必要となります。そこで,RI600PXでは,このような資源使用の競合を防ぐ機能として“ミューテックス”を提供しています。
この様子を図8-2に示します。この図では,タスクA とタスクC は同じ資源を使用し,タスクB はその資源を使用しない例になっています。タスクA は資源を使用するためにセマフォを獲得しようとしますが,すでにタスクC がセマフォを獲得しているので待ち状態になります。ところが,タスクCがセマフォを解放する前に,優先度がタスクC よりも高くてタスクA より低く,かつ資源とは関係のないタスクB が実行すると,タスクC によるセマフォの解放はタスクB の実行によって遅れ,その結果タスクA がセマフォを獲得するのも遅れます。タスクA の立場では,資源競合しておらず,かつ自分より優先度の低いタスクB が優先的に実行されてしまうことになります。
タスクの優先度を変更するchg_pri,ichg_priでは,ミューテックスをロックしていないタスクの場合は,ベース優先度・現在優先度とも変更されますが,ミューテックスをロックしているタスクの場合はベース優先度のみが変更されます。また,ミューテックスロック中,またはミューテックスのロックを待っているタスクの場合は,ロック中,またはロックを待っているミューテックスのいずれかの上限優先度よりも高い優先度を指定すると,戻り値としてE_ILUSEを返します。
優先度上限プロトコルの本来の振る舞いは,タスクの現在優先度を,そのタスクがロックしているミューテックスの中で最高の上限優先度に制御することです。これは,ミューテックスのロック・アンロック時に,タスクの現在優先度を以下のように制御することで実現されます。
- ミューテックスのアンロック時に,タスクの現在優先度をそのタスクが以降もロックを継続するミューテックスの中で最高の上限優先度に変更する。ロックしているミューテックスがなくなる場合は,現在優先度をベース優先度に戻す。
- ミューテックスをロックしているタスクを終了する(ext_tsk,ter_tsk)際に,自動的にロック解除処理が行われます。
→ セマフォは自動的に資源の返却を行わないので,資源を獲得したまま終了します。
→ セマフォは自動的に資源の返却を行わないので,資源を獲得したまま終了します。
1 ) システム・コンフィギュレーション・ファイルによる生成
システム・コンフィギュレーション・ファイルで静的API“mutex[]”を使用してミューテックスを生成します。
静的API“mutex[]”の詳細は,「20.15 ミューテックス情報(mutex[])」を参照してください。
システム・コンフィギュレーション・ファイルで静的API“mutex[]”を使用してミューテックスを生成します。
静的API“mutex[]”の詳細は,「20.15 ミューテックス情報(mutex[])」を参照してください。
2 ) cre_mtxまたはacre_mtxサービスコールによる生成
cre_mtxは,パラメータpk_cmtxが指す領域に設定されたミューテックス生成情報にしたがって,パラメータmtxidで指定されたミューテックスIDのタスクを生成します。
acre_mtxは,パラメータpk_cmtxが指す領域に設定されたミューテックス生成情報にしたがってミューテックス生成し,生成されたミューテックスIDを返します。
指定するミューテックス生成情報は,以下の通りです。
cre_mtxは,パラメータpk_cmtxが指す領域に設定されたミューテックス生成情報にしたがって,パラメータmtxidで指定されたミューテックスIDのタスクを生成します。
acre_mtxは,パラメータpk_cmtxが指す領域に設定されたミューテックス生成情報にしたがってミューテックス生成し,生成されたミューテックスIDを返します。
指定するミューテックス生成情報は,以下の通りです。
#include "kernel.h" /*標準ヘッダ・ファイルの定義*/ #include "kernel_id.h" /*cfg600pxが出力するヘッダ・ファイルの定義*/ #pragma task Task1 /*備考参照*/ void Task1 ( VP_INT exinf ); /*備考参照*/ void Task1 ( VP_INT exinf ) { ID mtxid; /*変数の宣言*/ T_CMTX pk_cmtx = { /*変数の宣言,初期化*/ TA_CEILING, /*ミューテックス属性(mtxatr)*/ 1 /*上限優先度(ceilpri)*/ }; ............ ............ mtxid = acre_mtx ( &pk_cmtx ); /*ミューテックスの生成*/ ............ ............ } |
- del_mtx
パラメータmtxidで指定されたミューテックスを削除します。
対象ミューテックスをロックしているタスクがある場合,そのロックを解除します。その結果,そのタスクがロックしているミューテックスがなくなった場合には,そのタスクの現在優先度をベース優先度に戻します。対象ミューテックスをロックしていたタスクには,ミューテックスが削除されたことは通知されません。後でunl_mtxによってミューテックスをロック解除しようとした時点で,エラーE_NOEXS が返されます。
対象ミューテックスでloc_mtxまたはtloc_mtxによって待っているタスクがある場合は,そのタスク待ち状態を解除し,loc_mtxまたはtloc_mtxの戻り値としてE_DLTを返します。
本サービス・コールは,信頼されたドメインに所属するタスクだけが呼び出せます。
以下に,本サービス・コールの記述例を示します。
パラメータmtxidで指定されたミューテックスを削除します。
対象ミューテックスをロックしているタスクがある場合,そのロックを解除します。その結果,そのタスクがロックしているミューテックスがなくなった場合には,そのタスクの現在優先度をベース優先度に戻します。対象ミューテックスをロックしていたタスクには,ミューテックスが削除されたことは通知されません。後でunl_mtxによってミューテックスをロック解除しようとした時点で,エラーE_NOEXS が返されます。
対象ミューテックスでloc_mtxまたはtloc_mtxによって待っているタスクがある場合は,そのタスク待ち状態を解除し,loc_mtxまたはtloc_mtxの戻り値としてE_DLTを返します。
本サービス・コールは,信頼されたドメインに所属するタスクだけが呼び出せます。
以下に,本サービス・コールの記述例を示します。
#include "kernel.h" /*標準ヘッダ・ファイルの定義*/ #include "kernel_id.h" /*cfg600pxが出力するヘッダ・ファイルの定義*/ #pragma task Task1 /*備考参照*/ void Task1 ( VP_INT exinf ); /*備考参照*/ void Task1 ( VP_INT exinf ) { ID mtxid = 8; /*変数の宣言,初期化*/ ............ ............ del_mtx( mtxid ); /*ミューテックスの削除*/ } |
8.2.7 ミューテックスのロック
- loc_mtx(待つ)
パラメータmtxidで指定されたミューテックスをロックします。
ただし,本サービス・コールを発行した際,対象ミューテックスをロックすることができなかった(すでに他タスクがロックしていた)場合には,自タスクを対象ミューテックスの待ちキューにキューイングしたのち,RUNNING状態からWAITING状態(ミューテックス待ち状態)へと遷移させます。
なお,ミューテックス待ち状態の解除は,以下の場合に行われます。
パラメータmtxidで指定されたミューテックスをロックします。
ただし,本サービス・コールを発行した際,対象ミューテックスをロックすることができなかった(すでに他タスクがロックしていた)場合には,自タスクを対象ミューテックスの待ちキューにキューイングしたのち,RUNNING状態からWAITING状態(ミューテックス待ち状態)へと遷移させます。
なお,ミューテックス待ち状態の解除は,以下の場合に行われます。
ミューテックスのロック時には,自タスクの現在優先度を対象ミューテックスの上限優先度に変更します。ただし,自タスクがすでに他のミューテックスをロックしており,かつ対象ミューテックスの上限優先度がロック済みのミューテックスの上限優先度以下の場合は,自タスクの現在優先度は変更しません。
以下に,本サービス・コールの記述例を示します。
以下に,本サービス・コールの記述例を示します。
#include "kernel.h" /*標準ヘッダ・ファイルの定義*/ #include "kernel_id.h" /*cfg600pxが出力するヘッダ・ファイルの定義*/ #pragma task Task1 /*備考3参照*/ void Task1 ( VP_INT exinf ); /*備考3参照*/ void Task1 ( VP_INT exinf ) { ER ercd; /*変数の宣言*/ ID mtxid = 8; /*変数の宣言,初期化*/ ............ ............ ercd = loc_mtx ( mtxid ); /*ミューテックスのロック*/ if ( ercd == E_OK ) { ............ /*ロック状態*/ ............ unl_mtx ( mtxid ); /*ミューテックスのロック解除*/ } else if ( ercd == E_RLWAI ) { ............ /*強制終了処理*/ ............ } ............ ............ } |
- ploc_mtx(ポーリング)
パラメータmtxidで指定されたミューテックスをロックします。
ただし,本サービス・コールを発行した際,対象ミューテックスをロックすることができなかった(すでに他タスクがロックしていた)場合には,戻り値としてE_TMOUTを返します。
ミューテックスのロック時には,自タスクの現在優先度を対象ミューテックスの上限優先度に変更します。ただし,自タスクがすでに他のミューテックスをロックしており,かつ対象ミューテックスの上限優先度がロック済みのミューテックスの上限優先度以下の場合は,自タスクの現在優先度は変更しません。
以下に,本サービス・コールの記述例を示します。
パラメータmtxidで指定されたミューテックスをロックします。
ただし,本サービス・コールを発行した際,対象ミューテックスをロックすることができなかった(すでに他タスクがロックしていた)場合には,戻り値としてE_TMOUTを返します。
ミューテックスのロック時には,自タスクの現在優先度を対象ミューテックスの上限優先度に変更します。ただし,自タスクがすでに他のミューテックスをロックしており,かつ対象ミューテックスの上限優先度がロック済みのミューテックスの上限優先度以下の場合は,自タスクの現在優先度は変更しません。
以下に,本サービス・コールの記述例を示します。
#include "kernel.h" /*標準ヘッダ・ファイルの定義*/ #include "kernel_id.h" /*cfg600pxが出力するヘッダ・ファイルの定義*/ #pragma task Task1 /*備考2参照*/ void Task1 ( VP_INT exinf ); /*備考2参照*/ void Task1 ( VP_INT exinf ) { ER ercd; /*変数の宣言*/ ID mtxid = 8; /*変数の宣言,初期化*/ ............ ............ ercd = ploc_mtx ( mtxid ); /*ミューテックスのロック*/ if ( ercd == E_OK ) { ............ /*ポーリング成功処理*/ ............ unl_mtx ( mtxid ); /*ミューテックスのロック解除*/ } else if ( ercd == E_TMOUT ) { ............ /*ポーリング失敗処理*/ ............ } ............ ............ } |
- tloc_mtx(タイムアウト付きで待つ)
パラメータmtxidで指定されたミューテックスをロックします。
ただし,本サービス・コールを発行した際,対象ミューテックスをロックすることができなかった(すでに他タスクがロックしていた)場合には,自タスクを対象ミューテックスの待ちキューにキューイングしたのち,RUNNING状態からタイムアウト付きのWAITING状態(ミューテックス待ち状態)へと遷移させます。
なお,ミューテックス待ち状態の解除は,以下の場合に行われます。
パラメータmtxidで指定されたミューテックスをロックします。
ただし,本サービス・コールを発行した際,対象ミューテックスをロックすることができなかった(すでに他タスクがロックしていた)場合には,自タスクを対象ミューテックスの待ちキューにキューイングしたのち,RUNNING状態からタイムアウト付きのWAITING状態(ミューテックス待ち状態)へと遷移させます。
なお,ミューテックス待ち状態の解除は,以下の場合に行われます。
ミューテックスのロック時には,自タスクの現在優先度を対象ミューテックスの上限優先度に変更します。ただし,自タスクがすでに他のミューテックスをロックしており,かつ対象ミューテックスの上限優先度がロック済みのミューテックスの上限優先度以下の場合は,自タスクの現在優先度は変更しません。
以下に,本サービス・コールの記述例を示します。
以下に,本サービス・コールの記述例を示します。
#include "kernel.h" /*標準ヘッダ・ファイルの定義*/ #include "kernel_id.h" /*cfg600pxが出力するヘッダ・ファイルの定義*/ #pragma task Task1 /*備考4参照*/ void Task1 ( VP_INT exinf ); /*備考4参照*/ void Task1 ( VP_INT exinf ) { ER ercd; /*変数の宣言*/ ID mtxid = 8; /*変数の宣言,初期化*/ TMO tmout = 3600; /*変数の宣言,初期化*/ ............ ercd = tloc_mtx ( mtxid, tmout ); /*ミューテックスのロック*/ if ( ercd == E_OK ) { ............ /*ロック状態*/ unl_mtx ( mtxid ); /*ミューテックスのロック解除*/ } else if ( ercd == E_RLWAI ) { ............ /*強制終了処理*/ } else if ( ercd == E_TMOUT ) { ............ /*タイムアウト処理*/ } } |
- unl_mtx
パラメータmtxidで指定されたミューテックスのロック状態を解除します。その結果,自タスクがロックしているミューテックスがなくなった場合には,自タスクの現在優先度をベース優先度に変更します。
本サービス・コールを発行した際,対象ミューテックスの待ちキューにタスクがキューイングされていた場合には,ミューテックスのロック解除処理後,ただちに該当タスク(待ちキューの先頭タスク)によるミューテックスのロック処理が行われます。このとき,該当タスクは,待ちキューから外れ,WAITING状態(ミューテックス待ち状態)からREADY状態へ,またはWAITING-SUSPENDED状態からSUSPENDED状態へと遷移します。また,該当タスクの現在優先度を対象ミューテックスの上限優先度に変更します。ただし,該当タスクがすでに他のミューテックスをロックしており,かつ対象ミューテックスの上限優先度がロック済みのミューテックスの上限優先度以下の場合は,該当タスクの現在優先度は変更しません。
以下に,本サービス・コールの記述例を示します。
パラメータmtxidで指定されたミューテックスのロック状態を解除します。その結果,自タスクがロックしているミューテックスがなくなった場合には,自タスクの現在優先度をベース優先度に変更します。
本サービス・コールを発行した際,対象ミューテックスの待ちキューにタスクがキューイングされていた場合には,ミューテックスのロック解除処理後,ただちに該当タスク(待ちキューの先頭タスク)によるミューテックスのロック処理が行われます。このとき,該当タスクは,待ちキューから外れ,WAITING状態(ミューテックス待ち状態)からREADY状態へ,またはWAITING-SUSPENDED状態からSUSPENDED状態へと遷移します。また,該当タスクの現在優先度を対象ミューテックスの上限優先度に変更します。ただし,該当タスクがすでに他のミューテックスをロックしており,かつ対象ミューテックスの上限優先度がロック済みのミューテックスの上限優先度以下の場合は,該当タスクの現在優先度は変更しません。
以下に,本サービス・コールの記述例を示します。
#include "kernel.h" /*標準ヘッダ・ファイルの定義*/ #include "kernel_id.h" /*cfg600pxが出力するヘッダ・ファイルの定義*/ #pragma task Task1 /*備考3参照*/ void Task1 ( VP_INT exinf ); /*備考3参照*/ void Task1 ( VP_INT exinf ) { ER ercd; /*変数の宣言*/ ID mtxid = 8; /*変数の宣言,初期化*/ ............ ............ ercd = loc_mtx ( mtxid ); /*ミューテックスのロック*/ if ( ercd == E_OK ) { ............ /*ロック状態*/ ............ unl_mtx ( mtxid ); /*ミューテックスのロック解除*/ } else if ( ercd == E_RLWAI ) { ............ /*強制終了処理*/ ............ } ............ ............ } |
備考1 ミューテックスのロック解除が可能なタスクは“対象ミューテックスをロックしたタスク”に限られます。このため,自タスクがロックしていないミューテックスに対して本サービス・コールを発行した場合には,何も処理は行わず,戻り値としてE_ILUSEを返します。
- ref_mtx
パラメータmtxidで指定されたミューテックスのミューテックス詳細情報(ロックの有無,待ちタスクの有無)をパラメータpk_rmtxで指定された領域に格納します。
以下に,本サービス・コールの記述例を示します。
パラメータmtxidで指定されたミューテックスのミューテックス詳細情報(ロックの有無,待ちタスクの有無)をパラメータpk_rmtxで指定された領域に格納します。
以下に,本サービス・コールの記述例を示します。
#include "kernel.h" /*標準ヘッダ・ファイルの定義*/ #include "kernel_id.h" /*cfg600pxが出力するヘッダ・ファイルの定義*/ #pragma task Task1 /*備考2参照*/ void Task1 ( VP_INT exinf ); /*備考2参照*/ void Task1 ( VP_INT exinf ) { ID mtxid = 1; /*変数の宣言,初期化*/ T_RMTX pk_rmtx; /*データ構造体の宣言*/ ID htskid; /*変数の宣言*/ ID wtskid; /*変数の宣言*/ ............ ............ ref_mtx ( mtxid, &pk_rmtx ); /*ミューテックス詳細情報の参照*/ htskid = pk_rmtx.htskid; /*ロックの有無の獲得*/ wtskid = pk_rmtx.wtskid; /*待ちタスクの有無の獲得*/ ............ ............ } |