第6章 拡張同期通信機能
本章では,RI850V4が提供している拡張同期通信機能について解説しています。
RI850V4における拡張同期通信機能では,タスク間の排他制御を実現する手段として
ミューテックスを提供しています。
マルチタスク処理では,並行に動作するタスクが限られた数の資源(A/Dコンバータ,ファイルなど)を同時に使用するといった資源使用の競合を防ぐ機能(排他制御機能)が必要となります。そこで,RI850V4では,このような資源使用の競合を防ぐ機能として“ミューテックス”を提供しています。
以下に,ミューテックスを利用した処理の流れを示します。
RI850V4のミューテックスは優先度継承プロトコル,優先度上限プロトコルをサポートしていません。FIFO順,優先度順のみサポートしています。
RI850V4のミューテックスは優先度継承プロトコル,優先度上限プロトコルをサポートしていないので最大資源数が1つのセマフォ(バイナリ・セマフォ)と似た動作をしますが,以下のような違いがあります。
- ミューテックスのロック解除(資源返却に相当)できるのはミューテックスをロックしたタスクのみ
→ セマフォはどのタスク/非タスクからでも資源の返却が可能
→ セマフォは自動的に資源の返却を行わないので資源を獲得したまま終了してしまう
- セマフォは複数の資源を管理できる(最大資源数を指定できる)がミューテックスの資源最大数に相当する値は1固定
RI850V4では,ミューテックスの静的な生成のみサポートしています。処理プログラムからサービス・コールを発行して動的に生成することはできません。
ミューテックスの静的生成とは,システム・コンフィギュレーション・ファイルで静的API“CRE_MTX”を使用してミューテックスを定義することをいいます。
ミューテックスのロックは,以下に示したサービス・コールを処理プログラムから発行することにより実現されます。
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loc_mtx
パラメータ
mtxidで指定されたミューテックスをロックします。
ただし,本サービス・コールを発行した際,対象ミューテックスをロックすることができなかった(すでに他タスクがロックしていた)場合には,自タスクを対象ミューテックスの待ちキューにキューイングしたのち,RUNNING状態からWAITING状態(ミューテックス待ち状態)へと遷移させます。
なお,ミューテックス待ち状態の解除は,以下の場合に行われ,ミューテックス待ち状態からREADY状態へと遷移します。
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unl_mtxの発行により,対象ミューテックスのロック状態が解除された
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ext_tskの発行により,対象ミューテックスのロック状態が解除された
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ter_tskの発行により,対象ミューテックスのロック状態が解除された
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rel_waiの発行により,ミューテックス待ち状態を強制的に解除された
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#include <kernel.h> /*標準ヘッダ・ファイルの定義*/
#include <kernel_id.h> /*システム情報ヘッダ・ファイルの定義*/
void
task ( VP_INT exinf )
{
ER ercd; /*変数の宣言*/
ID mtxid = ID_MTX1; /*変数の宣言,初期化*/
............
............
ercd = loc_mtx ( mtxid ); /*ミューテックスのロック*/
if ( ercd == E_OK ) {
............ /*ロック状態*/
............
unl_mtx ( mtxid ); /*ミューテックスのロック解除*/
} else if ( ercd == E_RLWAI ) {
............ /*強制終了処理*/
............
}
............
............
}
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備考1 自タスクを対象ミューテックスの待ちキューにキューイングする際のキューイング方式は,コンフィギュレーション時に定義された順(FIFO順,優先度順)に行われます。
備考2 RI850V4では,自タスクがロックしているミューテックスに対して本サービス・コールを再発行(ミューテックスの多重ロック)した際には,戻り値としてE_ILUSEを返します。
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ploc_mtx
パラメータ
mtxidで指定されたミューテックスをロックします。
ただし,本サービス・コールを発行した際,対象ミューテックスをロックすることができなかった(すでに他タスクがロックしていた)場合には,戻り値としてE_TMOUTを返します。
以下に,本サービス・コールの記述例を示します。
#include <kernel.h> /*標準ヘッダ・ファイルの定義*/
#include <kernel_id.h> /*システム情報ヘッダ・ファイルの定義*/
void
task ( VP_INT exinf )
{
ER ercd; /*変数の宣言*/
ID mtxid = ID_MTX1; /*変数の宣言,初期化*/
............
............
ercd = ploc_mtx ( mtxid ); /*ミューテックスのロック(ポーリング)*/
if ( ercd == E_OK ) {
............ /*ポーリング成功処理*/
............
unl_mtx ( mtxid ); /*ミューテックスのロック解除*/
} else if ( ercd == E_TMOUT ) {
............ /*ポーリング失敗処理*/
............
}
............
............
}
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備考 RI850V4では,自タスクがロックしているミューテックスに対して本サービス・コールを再発行(ミューテックスの多重ロック)した際には,戻り値としてE_ILUSEを返します。
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tloc_mtx
パラメータ
mtxidで指定されたミューテックスをロックします。
ただし,本サービス・コールを発行した際,対象ミューテックスをロックすることができなかった(すでに他タスクがロックしていた)場合には,自タスクを対象ミューテックスの待ちキューにキューイングしたのち,RUNNING状態からタイムアウト付きのWAITING状態(ミューテックス待ち状態)へと遷移させます。
なお,ミューテックス待ち状態の解除は,以下の場合に行われ,ミューテックス待ち状態からREADY状態へと遷移します。
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unl_mtxの発行により,対象ミューテックスのロック状態が解除された
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ext_tskの発行により,対象ミューテックスのロック状態が解除された
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ter_tskの発行により,対象ミューテックスのロック状態が解除された
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rel_waiの発行により,ミューテックス待ち状態を強制的に解除された
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パラメータ tmoutで指定された待ち時間が経過した
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#include <kernel.h> /*標準ヘッダ・ファイルの定義*/
#include <kernel_id.h> /*システム情報ヘッダ・ファイルの定義*/
void
task ( VP_INT exinf )
{
ER ercd; /*変数の宣言*/
ID mtxid = ID_MTX1; /*変数の宣言,初期化*/
TMO tmout = 3600; /*変数の宣言,初期化*/
............
............
/*ミューテックスのロック(タイムアウト付き)*/
ercd = tloc_mtx ( mtxid, tmout );
if ( ercd == E_OK ) {
............ /*ロック状態*/
............
unl_mtx ( mtxid ); /*ミューテックスのロック解除*/
} else if ( ercd == E_RLWAI ) {
............ /*強制終了処理*/
............
} else if ( ercd == E_TMOUT ) {
............ /*タイムアウト処理*/
............
}
............
............
}
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備考1 自タスクを対象ミューテックスの待ちキューにキューイングする際のキューイング方式は,コンフィギュレーション時に定義された順(FIFO順,優先度順)に行われます。
備考2 RI850V4では,自タスクがロックしているミューテックスに対して本サービス・コールを再発行(ミューテックスの多重ロック)した際には,戻り値としてE_ILUSEを返します。
備考3 待ち時間
tmoutにTMO_FEVRが指定された際には“
loc_mtxと同等の処理”を,TMO_POLが指定された際には“
ploc_mtxと同等の処理”を実行します。
ミューテックスのロック解除は,以下に示したサービス・コールを処理プログラムから発行することにより実現されます。
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unl_mtx
パラメータ
mtxidで指定されたミューテックスのロック状態を解除します。
ただし,本サービス・コールを発行した際,対象ミューテックスの待ちキューにタスクがキューイングされていた場合には,ミューテックスのロック解除処理後,ただちに該当タスク(待ちキューの先頭タスク)によるミューテックスのロック処理が行われます。
このとき,該当タスクは,待ちキューから外れ,WAITING状態(ミューテックス待ち状態)からREADY状態へ,またはWAITING-SUSPENDED状態からSUSPENDED状態へと遷移します。
以下に,本サービス・コールの記述例を示します。
#include <kernel.h> /*標準ヘッダ・ファイルの定義*/
#include <kernel_id.h> /*システム情報ヘッダ・ファイルの定義*/
void
task ( VP_INT exinf )
{
ER ercd; /*変数の宣言*/
ID mtxid = ID_MTX1; /*変数の宣言,初期化*/
............
............
ercd = loc_mtx ( mtxid ); /*ミューテックスのロック*/
if ( ercd == E_OK ) {
............ /*ロック状態*/
............
unl_mtx ( mtxid ); /*ミューテックスのロック解除*/
} else if ( ercd == E_RLWAI ) {
............ /*強制終了処理*/
............
}
............
............
}
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備考 ミューテックスのロック解除が可能なタスクは“対象ミューテックスをロックしたタスク”に限られます。このため,自タスクがロックしていないミューテックスに対して本サービス・コールを発行した場合には,何も処理は行わず,戻り値としてE_ILUSEを返します。
ミューテックス詳細情報の参照は,以下に示したサービス・コールを処理プログラムから発行することにより実現されます。
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ref_mtx,
iref_mtx
パラメータ
mtxidで指定されたミューテックスのミューテックス詳細情報(ロックの有無,待ちタスクの有無など)をパラメータ
pk_rmtxで指定された領域に格納します。
以下に,本サービス・コールの記述例を示します。
#include <kernel.h> /*標準ヘッダ・ファイルの定義*/
#include <kernel_id.h> /*システム情報ヘッダ・ファイルの定義*/
void
task ( VP_INT exinf )
{
ID mtxid = ID_MTX1; /*変数の宣言,初期化*/
T_RMTX pk_rmtx; /*データ構造体の宣言*/
ID htskid; /*変数の宣言*/
ID wtskid; /*変数の宣言*/
ATR mtxatr; /*変数の宣言*/
............
............
ref_mtx ( mbxid, &pk_rmtx ); /*ミューテックス詳細情報の参照*/
htskid = pk_rmtx.htskid; /*ロックの有無の獲得*/
wtskid = pk_rmtx.wtskid; /*待ちタスクの有無の獲得*/
mtxatr = pk_rmtx.mtxatr; /*属性の獲得*/
............
............
}
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